「食と農」

 

「食」について

 

15-1、仙人の例

 

「仙人の食生活、その1」

  (前略)昔から仙人といふ言葉がある。仙人等といふと現代人は一笑に附するであらうが実際は、立派に、存在してゐたのである。そうして、日本にも相当居たらしいので文献にも伝ってゐる。彼の有名な平田篤胤の書いた、寅吉物語や秋葉天狗の事蹟を書いた著書なども素晴しい記録であらう。又、近代では、瑞景仙人とその弟子である後藤道明氏(此人は現存してゐると思ふ)--等によっても明かである。然し、何といっても仙人の本場は朝鮮であらう。私は或本で、朝鮮に於ける仙人の修業法を読んだ事がある。それによれば、仙人の食物は松葉を細末にしたものと、蕎麦(ソバ)粉とを水で練り合はして、饅頭の如き大きさにしたものを、最初は一日に三つ食ふのである。そうしてそれを何年か続けてゐるうちに、今度は二つにし、終には一日一個にするのである。大抵の人は、そこ迄は出来るそうであるが、その次が大変である。それは何であるかといふと全然、右の饅頭は勿論、食物は一切摂らず、只だ水だけで生きるのであるが、之は非常に困難で、ここで大抵の人は落第してしもふそうである。然し、稀にはそれが実行出来る人があるので、そういふ人が、本当の仙人になるといふ事である。昔から仙人は霞を食って生きてるといふが、これ等を指して言ったのであらう。そうして仙人の修業が積むに従って、非常に身体が軽くなり、山谷を獣の如く馳駆(チク)し得らるるやうになるそうである。
  之は、私の体験であるが、私は若い頃、肺患に罹り、之を治す為に三月あまり絶対菜食をしたことがある。勿論、鰹節も用ひなかった。然るに菜食によって非常に身体が軽くなり、よく高い所から飛降りたりした事がある。そうして、高所から下を瞰下(ミオロ)しても、不思議に恐怖を感じなかった事を今でも覚えている。其後、普通食になるに従って、漸次普通状態になったのである。又肉食を旺んにした事もあったが、其頃は身体が重く、又病気に罹り易かったので、肉を制限してから結果が良くなったのである。
  右の如き体験によって私は想像するのであるが、日本人の戦争に強いのは、勿論精神力もあるが、白人よりも菜食が多いので、自然身体が軽く敏捷であるといふ事も、見逃す事の出来ない一原因であらう。特に日本の飛行家が白人の追随を許さない優秀さは、右の原因が大いにあると思ふのである。(中略)
  そうして一体仙人はどの位長命するものか正確には判らないが、仙人の寿命に就て或本にあったのであるが、今迄一番長命のレコードは八百歳で、それは一人であったが、五六百歳は何人もあったそうである。従而、二三百歳は、仙人では早死の方であると書いてあった。又或本に神武天皇以前、数万年前からの記録に、やはり二三百歳から五六百歳までの高貴の御方の御事蹟が、相当の正確さで書いてあった。(後略) 
     (「長命の秘訣」明医一  昭和18年10月5日)(「長命の秘訣」明医二  昭和17年9月28日)


「仙人の食生活、その2」

  (前略)昔から、仙人といふ言葉があるが、之は嘘ではない、全く在った事は、事実である、之から雑誌「地上天国」に於て、続き物として出す「寅吉物語」及び「秋葉三尺坊」の記録をみれば、信じない訳にはゆくまい、又現在生きてゐる、後藤道明氏とその師である瑞慶仙人の記録をみても肯き得られるのである。
  仙人の本場は、何といっても朝鮮であらう、一体仙人になる修業はどうするのかといふと、食物は松葉を細かく刻み蕎麦粉と練り合はし生のままかなり大きい饅頭にしたものを最初は一日三つ食ふのである、慣れるに従って一日二個となり、ついに一個となるが、それからが大変である、といふのは、何にも食はず水ばかりで生きてゆくのである、茲で大抵の人は落第するそうであるが、及第すれば真の仙人となるのである、昔から仙人は霞を食って生きてるといふが、満更、嘘ではないのである、そうして或本で仙人の年齢をみた事があるが、一番長生きが八百歳次が六百何十歳、段々下って三百歳位はザラにある事がかいてあった、この人間の寿命に就て、私は竹内宿弥の家系をみた事があるが、之は確実なもので今も竹内家に保存されてゐるから信をおけるのである、竹内家で一番の長生きは、三百四十九歳であって、三百二三十歳が二三人あり、竹内宿弥の三百六つは、確か四番目か五番目であった、それが漸次早死となり、徳川末期頃は、大抵百二三十歳になってしまったが、明治に入ると更に短くなり、九十歳台、八十歳台になってしまった、最早、今日は普通人と同様である、右のように段々短命になったといふ事は何か理由がなくてはならないと思ふが私の考えでは、斯ういふ事の為ではないかと思ふ、それは、竹内家代々の遺言の中に、石楠花の葉を煎じて服めといふ事が出てゐる、之は勿論、長生きの為と思ってであらうが、実は之が短命の原因になったのではないかと思ふのである。(中略)
  仙人の話に戻るが、仙人になると非常に身が軽く、山野を獣の如く馳駆するそうであるが、此点私は首肯され得る、何故なれば私が、菜食三ヶ月の終り頃は、非常に身体が軽く、よく試しに屋根から飛降りたものである、何しろ高い所へ登っても不思議に恐怖を感じない、併も身体が非常に軽く、根気がよくなり、耐久力が増加し、事に当って飽きるといふ事を知らない位で、全く菜食は非常に良いと判ったがただ一つ欠点ともいふべきは、物質的欲望が非常に薄くなった事である、その代り怒る事も嫌ひになり、凡てに諦めがよく、いはば無抵抗的性格になるといふ訳で、全く仙人を想像され得らるるのである。
  以上長々と、栄養に就ていろいろの例を挙げて述べたが、要するに、栄養は野菜にあるといふ事で、それを教える目的から此文をかいたのである。       (「之を何と見る」光17号  昭和24年7月9日)