食と農

 

「食」について

 

10-1、動物性と植物性の食餌について

動物性食餌と植物性食餌」

 是から説く栄養食は日本人を基礎としたものである。今、人間の食物を二大別すると植物性食餌と動物性食餌とである。

今此植物性食餌から説いてみる。
 肉体の血になり、肉になる栄養素は、植物性食餌即ち穀類野菜であって、単に肉体を養ふ丈けの意味から言へば、植物性食餌のみで充分なのである。然し人間は、社会生活の必要上、唯生きる以外智慧元気発展向上心、凡ゆる欲望夫等がなくてはならない、そういふ意志想念を湧出するに力あるのが、動物性食餌の役目である。

故に都会生活者はその必要から動物性食餌を多く摂るといふ
事は、実に、自然によく出来てゐるのである。

であるから、一度病気に侵された時は、野菜食を多く摂るのが合理的である。

病気に罹れば、智慧を揮ひ元気や欲望の必要がないので、反って病気の為めの熱や苦痛の、肉体的養素が、衰弱消耗するを以て、それを補給する必要上、野菜食に限ると言ってもいいのである。(後略)

                     (「日本医術に依る健康法の提唱(三)」東光7号  昭和10年8月16日)

 (前略)肉体の血になり、肉になる営養素は、植物性食餌即ち穀類野菜であって、単に、肉体を養ふ丈の意味から言へば、植物性食餌のみで充分なのである。

然し、人間は、社会生活の必要上、唯生きる以外、智慧、元気、発展向上心、凡ゆる欲望、夫等がなくてはならない。

そういふ意志想念を湧出するに力あるのが、動物性食餌の役目である。

故に、都会生活者は、その必要から動物性食餌を多く摂る事になり、反対に、農村人は、植物性食餌を多く摂るといふ事は、実に自然によく出来てゐるのである。

であるから一度病気に侵された時は、野菜食を多く摂るのが合理的である。

病気に罹れば、智慧を揮ひ、元気や欲望の必要がないので、
反って、病気の為の熱や苦痛の為、肉体的要素が衰弱消耗するを以て、それを補給する必要上野菜食に限ると言ってもいいのである。

然るに何ぞや、今日の営養学は、病気に罹るや、反って、平
常よりも肉食を多く摂らせる為、病気に依る肉体消耗へ拍車をかける様なもので、その謬れるの甚しきは実に恐るべき事なのである。(後略)                (「七、完全営養食」医講  昭和10年)


「植物性と動物性のバランス、その1」

 (前略)人間は食物に関しては栄養などを余り考えないで、只食いたいものを食うという自然がいいのである。

其場合植物性と動物性を都会人は半々位がよく、農村人と病人は植物性七、八割、動物性二、三割が最も適している。

食餌を右のようにし、薬を服まないとしたら、人間は決して病気などに罹る筈はないのである。
故に衛生や、健康法が、実際と喰違っている以上、反って手数をかけて悪い結果を生むのであるから、凡て自然に従い、あるがままの簡素な生活をする事こそ、真の文明人の生き方である。(後略)                    (「栄養」結革  昭和26年8月15日)


「植物性と動物性のバランス、その2」

 (前略)私は十年以上二食主義を実行しておりますが、非常に結果が良い。

此方法は、都会人には適してゐると思ふのであります。
其訳は、霊気が強く、血液を濁らせる点が寔に尠いからであります。
 次に、食物には動物性食餌と植物性食餌とありますが、大体に両者半々に食ふのが原則であります。
 魚  鳥      五分
 野  菜      五分
 然し、男子は、活動する場合は、魚鳥七分、野菜三分位迄はよろしい。

やむを得ず獣肉を食はなければならない人は、一週間に一
回位なら差支へないのであります。
 又、良質の血や肉になる栄養は野菜であり、欲望とか智慧の出る栄養は魚鳥にあります。
 年を経(ト)って欲望の必要のない人は植物性を多く摂るのが良いのであります。
婦人は欲望や智慧が男子程要らないから、野菜を多く摂る方がいい。野菜七分、魚鳥三分位が最もいいので、人の女房でありながら、家を他所にし、家庭の事を顧みないやうな婦
人は、その原因として魚鳥や肉食の多量といふ事もあるのであります。
 又肉食が多いとどうしても性質が荒くなり、闘争や不満破壊性が多分になります。
彼のライオン、虎の如きがそれであり、牛馬の如き草食動物は柔順であるにみても瞭かであります。(後略)   
                        (「栄養食に就て」療講  昭和11年7月)


「植物性と動物性のバランス、その3」

 (前略)人間は食物に関しては栄養などを余り考へないで、只食ひたいものを食うという自然がいいのである。

其場合植物性と動物性を都会人は半々位がよく、農村人と病人は植物性七、八割、動物性二、三割が最も適してゐる。食餌を右のやうにし、薬を服まないとしたら、人間は決して病気などに罹る筈はないのである。
故に衛生や、健康法が実際と喰違ってゐる以上、反って余計な手数をかけて悪い結果を生んでゐるのであるから、哀れなるものよ汝の名は文化人と曰ひたい位である。(後略)          
                           (「科学篇  栄養」文創  昭和27年)


「動物性食物を食うと活動的になる」

 (前略)それから食物を考えなければ、――何うしても動物性の物を食うと活動的になりますから、じつとしている事が出来ない。
日本は何うしても昔から菜食が多かつた。菜食をすると何うしても大人しく蟄居的になります。そう言う食物の関係があります
ね。(後略)                    (御垂示録1号  昭和26年8月8日)

 
「動物性食物を食うと体は弱る」

(前略)労働者には栄養が必要だとか言って、政府でもいろいろやってますが、これは農民の体を弱らせるうまい方法なのです。
農民の労働力というのは、まずい物を食べているから強いので、それを動物性の物を食べたら弱ります。
あべこべになるのです。(後略)      (御教え集18号  昭和28年1月26日)

 (前略)今一つ茲に注意しなければならない重要事は、近来農村人に栄養が足りないとして、魚鳥獣肉を奨励してゐるが、之も間違ってゐるといふのは前述の如く、菜食による栄養は根本的に耐久力が増すから、労働の場合持続性があって疲れない。
だから昔から日本の農民は男女共朝早くから暗くなる迄労働する。
もし農民が動物性のものを多く食ったら、労働力は減殺されるのである。
何よりも米国の農業は機械化が発達したといふのは、体力が続かないから頭脳で補はうとしたのが原因であらう。

故に日本の農民も、動物性食餌を多く摂るとすれば、機械力が伴はなければならない理屈で、此点深く考究の要があらう。(後略)                       (「科学篇  栄養」文創  昭和27年)

 
「栄養は植物性に多い」

(前略)そうして結核に特に悪いのは動物性蛋白である。少しは差支へないが、成可野菜を多く摂る方がよい。処が今日の医学は、栄養は魚鳥獣肉に多いとして奨めるが、之が大変な誤りで、一時は元気が出たやうに思ふが、続けると必ず衰弱を増す事になる。
本来栄養とは植物性に多くある。
考えてもみるがいい。
動物性のもののみを食ってゐれば、敗血症などが起って必ず病気になり、生命に関はる事さへもある。
それに反し菜食はいくらしても健康にこそなれ、病気には決して罹らないばかりか、長寿者となるに見ても明かである。
之に就て私の体験をかいてみるが、私は若い頃結核で死の宣告を受けた時、それ迄動物性食餌を多量に摂ってゐたのを、或動機で其非を覚り、菜食にしてみた処、それからメキメキ恢復に向ったので、医学の間違ってゐる事を知り薬も廃めて了ひ、三ケ月間絶対菜食を続けた処、それで病気はスッカリ治
り、病気以前よりも健康体となったのである。
其後他の病気はしたが結核のケの字もなく、六十八歳の今日に到るも矍鑠として壮者を凌ぐものがある。
もし其時それに気が付かなかったとしたら、無論彼世へ旅立ってゐたに違ひないと、今でも思う度にゾッとするのである。(後略)                    (「科学篇  自然を尊重せよ」文創  昭和27年)