E-④ 腸に関する病気
(「天照皇大御神」観講 S10.9.15.)
「抑々、病気の本体は霊にある事は再三述べた通りでありますから『其霊の病気を治す』そうすれば体の病気は否でも応でも治るのであります。(中略)例へば、肉体の方の盲腸を除ったり、又は氷冷等で一時は良くなりますが、霊体の曇を払拭しない限り再発は免れないのであります。
其場合、盲腸があれば前より重症であり、盲腸が無ければ膿は止むを得ず其隣接部に溜るので、それが腹膜炎又は癌の原因となるのであります。」
(「本療法の原理」療講 S11.7.)
「(中略)腎臓部の凝結毒素が、如何なる悪作用をするかといふに此凝結毒素は、腎臓を圧迫するから腎臓が萎縮する。即ち萎縮腎となるのである。それが為、腎臓の役目である尿の処分が完全に行はれ得ない。即ち全尿の処分が困難となるから尿の幾分は、腎臓外へ浸潤するのである。そうしてその余剰尿は、全身凡ゆる方面に滞溜凝結するので、その最も凝結するのは肩部で即ち"肩の凝り"がそれである。
又、腹膜部に溜結する事も多いので、之が腹膜炎となり、盲腸炎、胃病、喘息、肋膜炎、所謂肺結核、淋巴腺炎、歯槽膿漏、首筋の凝り、眼病、脳疾患等は勿論の事、凡ゆる疾患の原因となるのである。」
(「腎臓及び糖尿病」明医二 S17.9.28.)
「〔胃腸障碍〕
絶対安静によって結核者は運動不足となり非常に胃腸を弱らせる。之は健康者と雖も絶対安静を永く続くるに於て、胃腸は睡眠状態となり衰弱するのが当然である。況んや病者に於てをやである。私は此絶対安静程不可なるものはないと思ふ。此点も後段に詳説する。即ち消化薬連続服用が逆効果を来し、発熱が食欲を鈍らせる等、実に結核者の胃腸障碍は多くの場合致命的ともいふべきである。
そうして特に注意すべきは、結核と診断された患者の大多数は化膿固結性腹膜炎を保有してゐる事である。此症状は腹部は普通の腹膜炎の如く膨大がないので、医診は発見出来得ないのであらう。腹部は寧ろ縮小してゐる者さへあるが、触診すると硬化著しいのと熱感によって知らるるのである。
故に硬化が胃腸を圧迫し、食欲不振の原因となり、腹部の固結が浄化排除さるる場合持続性下痢となるので、医家は之を腸結核と誤るのである。又此固結膿は咳嗽、喀痰、呼吸逼迫の原因ともなるので、之等の腹部症状の患者に対し医家は結核者となすが私は之等の患者に対し、腹膜治療を施すに於て漸次快方に向ひ畢に所謂結核は治癒するのであるから、医家の誤診も亦甚だしいといふべきである。」 (「結核問題」天 S22.2.5.)
腸を引掻く様な――薬毒が腸を刺戟する。毒素が腸を通る時刺戟するんです。今以つて腸の内部の痛みが続いて――この薬毒が始終腸にいくので、腸の粘膜があれている様になる。
棒状の突起が出来、脈打つ――お腹が痩せている人でよくあります。之は段々治るに従つて肉がつきますから、普通になります。龍神も関係はありますね。けれども、之は薬毒ですよ。医者の胃の薬を沢山飲んだら、こうなるに定まつている。そうして、背中に固まりがありますから、背中の方を主にして浄霊すると良い。腹部が痛い時は、背中の一寸上の方あたりに固まりがあります。両側にありますからね。どつちかが余計腫れてます。大抵左が大きい。人によつては右側もありますが、多く腫れている方を浄霊する。之は気長にです。段々良くなつて来ます。」 (「御教集3号」 S26.10.15.)
「(胃腸の衰弱の場合にも流動物で――)
今言つた様に急に固い物をやると無理だから、それは加減してやるというわけです。それから別に症状がないのは、消化の良い物ばかり食べているから弱つているものもありますから、そういうのはお茶漬が反つて良いのです。だからその見別けは別に難かしい事はない。良く聞いて之は之だなという事で分ります。
「(中略)(腹に力を入れておりますと腹膜にもなりますから・・・)
何時かこういうのがありました。腹が固くて浄化が起っていて痛むのです。そこで聞いてみると、禅を三十年やったそうです。それで座禅を組むと、力は入れなくても、あれは腹を中心にするから、腹に毒が固まったのです。その時私は腹に力を入れるのは間違っているなと思いました。だからあべこべの事が随分多いのです。」
(「御垂示録18号」 S28.3.1.)
「(胃痛から腸を病み、アミーバ赤痢に、浄霊を受ける。現在腹部及び頸部、頭部の苦しみが取れず。もう一つは頭部を浄霊すれば腹部が苦しく、腹部を浄霊すれば頭部が苦しくなる、・・・)
胃腸でもアミーバでも薬毒の為である。頭と腹は繋っている。前頭と横腹をやるとお腹が溶ける人がある。」
(「講話集補」S24.9.15.)
「(横腹膨れ・・・)
お腹に塊が出来、腸を圧迫し、その為横へはみ出る。後ろの腎臓から来ている。霊的に関係ない。」
(「講話集補」S23.)